最先端ラボで知る。日の丸ヒューマノイドロボット、開発の最前線。

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フランス国立科学研究センター(CNRS:Centre national de la recherche scientifique)と産業技術総合研究所により設立された「AIST-CNRSロボット工学連携研究ラボ(JRL)」の主な研究テーマは、ずばりヒューマノイドロボット。同ラボが20年以上にわたり開発を進めてきたのが、ヒト型ロボットシリーズ「HRP(Humanoid Robotics Platform)」だ。今、“日の丸ヒューマノイドロボット”の研究はどこまで進んでいるのだろうか。今回、ラボ長を務める金広文男氏に協力いただき、その現地取材が実現した。

ロボットの「OS開発」からスタート

国立研究開発法人産業技術総合研究所。略して産総研(さんそうけん)。日本最大級の公的研究機関として約1万人弱のスペシャリストが働く巨大なラボだ。次世代自動車や再生可能エネルギー、バイオメディカル、地質やナノ材料など研究分野は広範多岐にわたるが、その一角を占めているのが「AIST-CNRSロボット工学連携研究ラボ(JRL)」である。

JRLが入っている情報技術共同研究棟

ラボ長を務める金広氏が産総研(旧電子技術総合研究所)に入所したのは2000年。折しも本田技研工業がヒト型2足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」を発表したタイミングだった。「最近ではヒューマノイドロボット業界にも色々と競合が増えていますが、当時はホンダが独走状態でした。そこで産総研は本田技研が開発したHRP-1を出発点としてHRPシリーズを開発していくことになったのです」

金広氏が最初に与えられたのは、ロボットが「考えて(動作計画)」「動く(制御技術)」ための、いわばHRPのOSづくりともいえる任務だった。自律型ロボットは人間と同じく、体だけでなく脳(ソフトウェア)がなくては動けない。しかし産総研が提供されたのはP3(※ASIMOの 前身として1997年に発表されたモデル)ベースのボディのハードウェア。HRP-1のソフトウェアの中身はホンダの“企業秘密”だった。そのため、まずは HRP-1のボディを動かすソフトをつくり、ソフトができたら今度はまっさらからハードを作る。金広氏らのヒューマノイドロボット開発の歩みは、そういう道順でスタートした。

現場からのリアルな「声」を聞く

今、産総研で開発している最新鋭のヒューマノイドロボットは「HRP-5P」。身長182cm、体重101kgというヘビー級の体格をもつ。この大きく重たくパワフルな体は、石膏ボード(W1820mm×H910mm×D10mm、約11kg)やコンパネ(W1800mm×H900mm×D12mm、約13kg)を使った壁面施工を行なうためのものだ。金広氏は言う。

「ヒューマノイドロボットがたくさん作られてたくさん売られるようになるためには、かかる金額に見合う価値を提供しなければなりません。災害対応に特化したロボットを開発したとしても、大きな災禍がなければ出番はない。それではヒューマノイドロボットの社会実装は進みません。だからこそ、平時は建設現場だったり、工場で働いているロボットが、ひとたび災害が起きれば現場にかけつけて救助活動を行う。そういった汎用性を兼ね備えたロボットを開発する必要があるんです」

HRP-5P

実際の現場で働くロボットにとって大切なのは、一緒に働く人間の“声”だと、金広氏は言う。実際の現場では、どのような人がどのような仕事をロボットに代わってもらいたいと考えているのか。そこには、どんなニーズがあるのか。それを聞くことが重要である、と。「たとえばわれわれは石膏ボードを持ち上げて壁に据え付け、ビス留めまでをロボット一体ができるように開発したわけですが、いざ現場の方に見てもらうと、『ビス留めは人間がやるから、そこまでボードを運ぶだけでいい』『翌朝までに必要な資材を必要な場所に置いておいて欲しい』といった声があがる。これは、社会実装を考えたとき、技術的なハードルという面では非常にありがたい話なんです。これまでは全ての作業をロボットで実現しようと技術的ハードルを上げていたのですが、重要なのは、人とロボットがそれぞれの得意不得意を理解すること、そして研究者がロボットの役割を決めるのではなく、現場の声を基にロボットの役割(やるべき作業)を確かめることだったのです。そうすることで、ロボットの実用化は早まると思います。ロボットにビス留めはできても、作業品質という面では人間の作業に敵わないという問題もでてくるので」

ヒューマノイドロボットの社会実装の可能性

金広氏のラボで研究しているスタッフは、「ヒト型のシステムを作る」という点に大きなモチベーションを抱いているという。本当にヒューマノイドロボットにしかできない仕事。その現場で働く姿を想像しながら、日々開発を進めている。

日々、研究開発が行われている研究室内の様子

「具体的には、飛行機や船やビル、家など、非常に大きなものを作る現場ですね。実際こういう場所へ行ってみると、自動車工場に見られるような自動化はほとんど進んでいません。流れるベルトコンベヤーを中心にロボットがクルマを組み立てていくという体制を、飛行機や船の工場でやろうと思っても無理なんですね」

流れるベルト上の窓やドアを組み立てたり、治具に支えられたボディを溶接する自動車用産業ロボットは、実際の可動領域自体はそこまで大きくない。しかし飛行機や船を作るとなると、だだっ広く、段差もある組立途中の製品の中を(しかも床には色々な資材や工具が散らばっているかもしれない)ロボットが自ら歩き回り、作業現場を回遊しながら、いくつもの異なる作業を行う必要がある。

「そういった現場を自動化するには、アプローチがふたつあります。ひとつは、人間がやっていることを代わりにヒト型ロボットがそのまま行なえるようにするアプローチ。もうひとつは、飛行機なり、家なり、そのものの作り方を自動化という観点から抜本的に変えてしまうやり方です。たとえば、家だったら工場で大方の部分を作ってから、現場では積みあげていくだけにするなど、工法を完全に切り替えるわけです。ただどちらもそう簡単な話ではない。両方のアプローチをうまくミックスしながら進めていく必要があります」

もうひとつ、ヒト型のロボットだからこそできる任務として金広氏らが考えているのが、“テスター”としての仕事だ。たとえばウェアラブルのパワースーツのアシストスーツの性能評価。人間では主観や疲労、感性が邪魔をして定量的なデータ収集は難しいが、ロボットなら同じ動作を100回繰り返しても客観的な計測ができる。また、現在は静的なダミー人形を用いている自動車の衝突試験にも、アクティブに動くダミーロボットを活用できる可能性があるという。

実験室から、実際の働く現場へ

ヒューマノイドロボット開発の現場で、必ず名前があがるのがアメリカのボストンダイナミクス社のアトラスだ。飛んだり跳ねたりバク転したり、「運動能力という点では彼らが最先端なのは間違いない」と金広氏は言うが、しかし、と続ける。

「僕たちがやろうとしている大型構造物の組み立て現場というのは、飛んだり跳ねたりできてもいいけれど、そもそもその必要がない。開けた空間で素速くダイナミックな動きをするよりも、もっと狭くて入り組んだ空間の中で、精密な作業をすることが求められるわけで、スピードもさほど求められない。目指す方向性がまったく違うんです」

ボードを運び、ビス留めをするHRP-5P

スポットライトを浴びて拍手をもらうことよりも、地道に堅実な仕事をこなす職人的ロボット。そういうロボットを世の中へ実装していくにあたって、川崎重工がKaleidoのようなヒューマノイドロボットづくりに乗り出すことは大きな意味があると金広氏は説明する。

「我々が作ったロボットは、研究用としての一品物です。あくまで実験室の中で使うもの。しかしいざ世の中に出していくとなると、実際の現場で求められるような信頼性や耐久性が当然必要になる。川崎重工はその経験を持っているので、“本当に現場で使えるロボット”というのを作っていただけるだろうと考えています。それに、開発スピードも速い。最初に見た時(2017年)は電源コードに繋がれてコントローラも外付けだったのに、去年(2019年)公開されたものは、もう一通りが身体の中に入っていて、しかもプロポーションもほとんど変わっていない。すごいな、と」

たとえばT型フォードがクルマに市民権を与えたように、川崎重工のスケールメリットと産業用ロボットづくりで培ってきた知見を活かせば、ヒューマノイドロボットが実装されるまでのスピード感は一層高まるはずだ。では、ヒューマノイドロボットが商品化された暁には、ドラえもんや鉄腕アトムのような世界がすぐそこに待っているのだろうか。

「漫画やアニメにあるような、一家に一台ヒト型ロボットがいるという風景は一番難しいですね。赤ちゃんもいるしペットもいる、家具の場所が変わったり玩具が散らかったりする家の中にヒューマノイドロボットが共生するというのはずっと先の話だと思っています。でも、生産現場には一定のスキルを身につけた大人たちしか基本的にいません。今僕らが考えているのは、そういう日常からは切り離された世界で働き、何かあれば災害現場にも行くようなヒューマノイドロボットです」

金広氏の研究分野は「動作計画」。5本の指を器用に折り曲げて、工具を使う。テーブルの上に載ったものを持ち上げる。そんな単純な動作ひとつとっても、人間なら無意識に障害物を避けながら効率的な軌跡で器用にそれをこなすことができるが、ロボットではそうもいかない。ひとつひとつの関節を何度に曲げて、どういう順番で動かすかをコンピュータに考えさせるのかを研究するのが金広氏の専門だ。ヒト型の場合は重心をとって倒れないようにすることも必要で、事態はさらに複雑になる。それでも彼らは、ヒューマノイドロボットに魅せられ、今日も開発を進めている。

「ヒト型のロボットを作るということの根源には、人間がどうなっているのかというのを理解したいという気持ちがあると思っています。そこは理屈ではないのかもしれません」

産総研に入りヒューマノイドロボットの研究を続けて今年で20年。「いよいよ、我が子を世の中に送り出す時代が来た気がします」金広氏はそう柔らかく笑った。