川崎重工が見据える、ヒューマノイドロボットのあるべき姿

人のカタチをしたロボットが人間と一緒に生活する社会を、あなたもきっと夢見たことがあるだろう。アニメや映画や小説の世界でまるで人間そっくりに動く機械の体は、いつだって私達の好奇心をかきたててきた。今、現実の世界でヒューマノイドロボットづくりに挑戦しているのが、産業用ロボットの世界で半世紀以上の歴史を重ねてきた川崎重工。ロボットづくりの現場を知り尽くした彼らが、なぜヒューマノイドロボットを作るのか。その理由を探りに、二人のキーマンに話を聞いた。

「まさか」から始まったヒューマノイドロボット開発。

「川崎重工にはヒューマノイドロボットを作ることのできる技術がある」 そう語るのは、同社精密機械・ロボットカンパニープレジデント、自動化推進担当常務執行役員の嶋村 英彦氏だ。嶋村氏曰く、産業用ロボットや造船、航空機を取り扱う巨大エンジニアリングメーカーであり、かつ個人の感情へ訴えかけるモーターサイクルブランドも持つ川崎重工のような会社は「ありそうだけど、意外にない」

そんな川崎重工が今、実用化を目指しているのが、ヒューマノイドロボット「Kaleido(カレイド)」である。その開発拠点である同社・明石工場内ラボで陣頭指揮を取るのは、同社 精密機械・ロボットカンパニー ロボットディビジョン 商品企画総括部 先進技術部 部長 掃部 雅幸(かもん まさゆき)氏だ。

掃部 雅幸(かもん まさゆき)氏
▲掃部 雅幸 氏

「ヒューマノイドロボットの開発を立ち上げたい。それを、ぜひ引っ張っていってほしい」 元ロボットビジネスセンター長であり、現在の川崎重工代表取締役社長である橋本康彦氏が掃部氏にそう伝えたのは2014年のことだった。当時掃部氏は本社の技術開発本部の所属。「まさか、という思いはありましたね。なんでヒューマノイドロボットなんだろうと。当時は産業用ロボットでさえ、今ほど人々にとって身近な存在ではありませんでしたから」(掃部氏)

ただ、驚きとは裏腹に、心が躍ったのも事実だった。もとより、ロボットやメカは子供時代から憧れた存在だ。「将来はものづくりに携わりたい」そんなひとりの少年のかつての夢が、現実の仕事になったのだ。

「社長からは、『今度は自分が子供たちに夢を与えなさい』と言われました」掃部氏はそう言ってから、なんの因果でしょうね、と笑う。しかし、産業用ロボットから船舶、航空機、モーターサイクルまで様々なプロダクトを扱う川崎重工で、その基盤となるテクノロジーを研究する技術開発本部にいた掃部氏だからこそこう考えた。「川崎重工が本気でやっていくのであれば、僕しかいない」

「24時間365日働ける」が、開発の大前提にある。

Kaleido開発にあたって掲げられたコンセプトは、“倒れても壊れない二足歩行ヒューマノイドロボット”。「老舗の産業用ロボットメーカーが作るからこそ、24時間365日働けるものを目指そう、と。それは今も変わらないスローガンです」(掃部氏) 喩えるならば、モーターショーのステージで華々しくスポットライトを浴びるコンセプトカーではなく、毎日の生活を支える量産車。“倒れても壊れない”という命題は、実用的なプロダクトとしての最終形を見据えてこそのものだったのだ。そのためには、耐久性と信頼性、さらにはコスト競争力だってなおざりにはできない。

川崎重工のヒューマノイドロボット「Kaleido(カレイド)」

身長約180cm、体重約85kg。Kaleidoが成人に極めて近い体格をしているのもとても現実的な理由からである。たとえば災害救助や介護などの現場で活用することを想定した場合、建物や装置は人間を基準として作られているため、ドアを開ける動作一つ、ボタンを押す動作一つにしても、人間と同じ体格なら対応できる。また、60㎏のウエイトを持ち上げ、懸垂できるKaleidoの腕力は、“人ひとりを助け出す”ために必要な力になる。Kaleidoの体格ならば、将来的には人と同じ作業服を着て働くこともできる。

受付業務や配膳、案内といったホスピタリティを担当するサービスロボットは社会への実装が加速しつつある一方で、Kaleidoに与えられた役割は、「24時間365日、人と同等、あるいはそれ以上の精度で働く」ことであり、重視すべきはエンタテインメント性やコミュニケーション性ではない。10年10万km安心して使い続けられる自動車のように、メンテナンス性まで含めて、運用後の保守・部品供給までも含めてサポートしなければならないはず。こういう思想でヒューマノイドロボットを開発しているメーカーは、川崎重工が日本で唯一の存在だ。

ロボットづくりにおける川崎重工のコアコンピタンス

「我々はロボットボディを生産するのが仕事」という掃部氏の言葉にも、重工メーカーらしい視点がある。「Kaleidoが一社単独で世の中に出ていくことはない。様々な英知を一体にして世の中に出していくことになるだろうと思っています」そう語る掃部らの仕事は、Kaleidoのロボットのボディーにあたるハードウェア面を日々磨き上げ、鍛え上げること。将来的にAIメーカーが「是非このヒューマノイドロボットに、私達のAIを載せたい」と言ってくれるタイミングを待っているのだという。

川崎重工のヒューマノイドロボット「Kaleido(カレイド)」

もうひとつ、川崎重工ならではのキーワードが“油圧”である。嶋村氏は言う。「川崎重工は、油圧機器のトップメーカーです。産業用ロボットの歩みが50年なら、油圧には100年以上の歴史があります」 陸・海・空に多彩な製品を送りだしている川崎重工が、1世紀余りにわたり追求し続けてきたのが油圧技術だ。とりわけ油圧ショベルの世界では世界断トツのシェアを誇っている。

油圧機器は、社会にとっての“縁の下の力持ち”。嶋村氏はそう表現する。「製鉄所や色々な工場で、大きな力が必要とされる設備を動かしているのが油圧機器。もともと川崎重工は、1916年にイギリスから技術を導入して、船舶用の油圧式舵取り機を神戸で作っていたんです。1969年に我々が発表した日本初の産業用ロボット『川崎ユニメート』も、電動ではなく油圧駆動ロボットでした」

現在Kaleidoの関節には電動モーターが使われているが、いずれ油圧モーターを搭載する可能性もある。実際、第4世代で油圧アクチュエーターの搭載を試みたこともあるという。

「油圧シリンダは電動モーターより大きい力を出せるし、強い衝撃にも耐えられる。今後油圧アクチュエーターが進化して、ヒューマノイドロボットに積めるほどの大きさが実現できるようになったら、油圧シリンダの採用も検討しています」(掃部氏)

川崎重工の原点ともいえる油圧は、最先端のヒューマノイドロボット開発とも直結している。油圧100年、産業用ロボット50年。積み重ねてきた技術の歴史が先進のテクノロジーと出合って、社会を支えるための新しい価値が生まれる。川崎重工がヒューマノイドロボット開発に挑む理由はここにあるに違いない。

Kaleidoが辿った進化の道のりと現在地

初代Kaleidoが完成したのは、開発がスタートしてから2年経った2016年。そして2020年の今、Kaleidoは第7世代まで進化した。第2世代で今の関節構造が大体決まり、第3、4世代では軽量化や信頼性をあげることに注力。5、6世代になるとKaleidoはバッテリーや制御装置を内蔵し、独立して動けるようになった。

そのようなプロセスを経て、今Kaleidoは、二つのことにトライしている。まずは人間が普通に歩く速度での自律歩行。「これまで色々やってきて、一番難しいのは『歩く』ことなんです。時速1kmはクリアしたけど、まだ時速4kmには至っていません。歩くというのは奥が深いんですね」(掃部)

Kaleidoの最新型を検証する掃部氏
▲Kaleidoの最新型を検証する掃部氏

さらに掃部氏は一本の記録ムービーを見せてくれた。そこには、階段一段分くらいの高さから、ぽん、と地面に着地しようとしているKaleidoが映し出されている。 「ひょいっ、と階段から片足で降りてバランスをとる。この、子供でもできる当たり前の動作をロボットで再現するのは、実は非常に難しいんですね。ただ、Kaleidoは産業用ロボットメーカーがつくるヒューマノイドロボットとして、人の暮らしに実用性をもたらすことを目指しています。だからこそ我々は、ひょいっ、とを超え、ロボット自身がジャンプできるレベルにまで開発を進めようとしています。」(掃部) この“ひょいっ”の実現は、「今年度中の目標(2021年度)」である。

川崎重工がヒューマノイドロボットを作る理由

川崎重工が、なぜヒューマノイドロボットを作るのか。その理由は、6年前、橋本氏が掃部氏へ伝えた言葉の中に見つけることができる。「ひとつは、ロボットの新しい可能性を世の中に示すことです。そして、もうひとつがシナジー。我々は産業用ロボットの技術でいえば、世界有数のロボットメーカーです。しかし、そこから一歩抜きん出るためには全くちがう発想のロボットの開発にも取り組む必要があると考えたのです」(掃部)

ヒューマノイドロボット開発で培った技術を、産業用ロボットづくりにもフィードバックすれば、互いに相乗効果が生まれるはず。6年前に見据えたその狙いは、今まさに現実になっている。たとえばKaleido開発で得られた小型化技術は、すでに川崎重工の次世代プロダクト開発に活かされているという。では、Kaleidoが実用化されるのはいつなのか。掃部氏は言う。

「自分が会社にいる間にはKaleidoを実用化したいです。そうですね、社会のどこかにヒューマノイドロボットがいて、何かをしている。そんな景色が2030年には現実になっていると思います」

では10年後にKaleidoが実装されたら、その先にはどんな未来が待っているのだろう、最後に伺ってみた。

「令和の子たちが日本を支える頃には、スマホと同じような感覚になるのでは。この、今私達が使っているスマホって、万能ではないけど、側にあったらとても便利ですよね。ヒューマノイドロボットも、そういう存在になるかもしれません」

我々の暮らしにKaleidoがどのように溶け込んでいくのか。今から、その未来が楽しみで仕方ない。

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