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日本に産業用ロボットが来た日。 なぜ「ロボットの父」はカワサキに託したのか?

高度経済成長期、もうひとつのロボット物語

1960年代、高度経済成長に沸き上がる日本。東京オリンピックの開催を前に、高速道路や新幹線が相次いで開通。生活はどんどん豊かになっていきました。そのころ、お茶の間では国民的ロボットアニメ『鉄腕アトム』のテレビ放送が開始。多くの日本人にとって、ロボットは憧れであり、未来の象徴でした。

その陰で、あまり知られていない、でも日本の産業にとってはとても重要な、ロボットをめぐる物語がありました。中心人物は、「ロボットの父」と言われるJ.F.エンゲルバーガー氏。そして、カワサキの社員達です。

前回は、日本初の国産産業用ロボット「川崎ユニメート」が誕生し、自動車業界との二人三脚で発展していったことを紹介しました。

日本初の産業用ロボット 「川崎ユニメート」が残したもの

今回はその前史として、カワサキと産業用ロボットとの「出会い」にスポットを当てたいと思います。

米国で生まれた世界初の産業用ロボットベンチャー

この物語の最初の舞台は米国。1950年代、米国の自動車業界では既に専用機による自動化が進展していましたが、たとえばスポット溶接で自動化できたのは7割程度で、残りの3割は人手に頼っていたといいます。競争力を強化するためには、さらなる自動化が求められていました。

1956年、当時31歳だったエンゲルバーガー氏。エンジニアで実業家でもあった同氏は、あるカクテルパーティーで、一人のエンジニアに出会います。そのエンジニアは、G.C.デボル氏(当時44歳)。現代に繋がる産業用ロボットのアイデアと言える「プログラムド・アーティクル・トランスファー」(プログラム可能な物品搬送装置)を発明した人物です。

デボル氏は、特許申請中だったそのアイデアを、エンゲルバーガー氏に説明。ティーチング(教示)とプレイバック(再生)により、自動化に柔軟に対応できるというロボットの話は、エンゲルバーガー氏を夢中にさせるのに十分でした。2人はすぐに意気投合、人間に代わって危険な作業を担ってくれるロボットの実用化を誓ったそうです。

ロボットの実現に向けて動き出したエンゲルバーガー氏は、パートナー探しに奔走。出資を取り付け、1959年に、最初のプロトタイプを完成させます。自動車最大手のゼネラルモーターズ社が興味を示し、工場への導入を決定。ここから、産業用ロボットの実用化が始まりました。

勢いに乗ったエンゲルバーガー氏は、1961年、デボル氏と共同でベンチャー企業ユニメーション社を設立。早くも翌1962年には、世界初の本格的な産業用ロボットと言われる「ユニメート」の試作に成功しました。

産業用ロボットの世界的需要を見込んだエンゲルバーガー氏は、海外展開を図るにあたり、現地の企業に製造と販売を任せる方針を決定。アジア地域でターゲットに定めたのが、当時、高度経済成長の真っ只中で、産業と技術が急速に発展していた日本でした。

ユニメーション社と川崎航空機の出会い

1966年、エンゲルバーガー氏が来日。東京で産業用ロボットの講演会を行います。このとき、日本は急速な経済成長により、人手不足が深刻化。ロボットによる自動化への期待は高く、講演会にはなんと700名もの経営者が押し寄せたといいます。会場は盛り上がり、講演後の質疑応答は2時間も続きました。

当時、川崎航空機(1969年に川崎重工と合併)は産業用ロボットの将来性に注目。衰退しつつあった繊維産業向けの設備に代わる、新たな主力製品として期待していました。1967年、ユニメーション社が日本での提携先を探していることを察知すると、米国に幹部を派遣。ただちに技術提携の交渉を開始しました。

しかし、ユニメーション社は当初、提携先として、電機メーカーを想定。川崎航空機は候補の7社には入っていませんでした。機械の制御に関しては、電機メーカーに分があると考えられていたのです。

ただ、ここで川崎航空機は諦めませんでした。幹部が何度も米国に出向き、交渉を継続。徐々に風向きが変わり始め、逆転での指名に繋がります。

特に評価されたのは技術力。ユニメートの制御のために欠かせないキー部品のひとつに、油圧サーボバルブがありました。川崎航空機は、紡糸ポンプの製造において、ミクロン単位での制御を可能とする技術を保有。その技術が油圧サーボバルブの製造に適用可能で、これは大きなアドバンテージでした。また、幹部の熱意も高く評価されたそうです。

日本のロボット産業の歴史の幕開け

1968年、技術提携契約の正式締結を前に、川崎航空機は社内に「IR(Industrial Robot)国産化推進室」を設置。これが母体となり、日本初の国産産業用ロボット「川崎ユニメート」の誕生に繋がります。

産業用ロボットはその後、溶接、塗装、組み立て、ハンドリング、パレタイズなど、さまざまな用途で活用され、特に普及が進んだ日本は「ロボット大国」と呼ばれるようになります。海外での需要も旺盛で、IFR World Robotics 2017によれば、今後、2020年にかけて年率15%以上のペースで導入台数が増加していくと予想されています。

今のところ、アトムのようなロボットはまだ誕生していませんが、近年、人工知能技術の急速な進展などにより、ロボットの可能性への期待はどんどん高まっています。カワサキの新型ヒューマノイドロボットのように、力持ちで人を助ける、まるでアトムのようなロボットも実現しつつあります。

新型ヒューマノイドからロボット活用の未来を探る

狙うはロボット業界のiPhone。ロボット歴50年のカワサキが本気

これまでの50年に対し、これからの50年は、ロボットにとってどんな時代になるでしょうか。ロボットとどのように共存していくか、その私たちの姿勢が、これからの時代を方向付けることになるかもしれません。今後、一段と身近になっていくロボットに対し、どうぞご期待ください。

写真:The Collections of The Henry Ford

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